GENESIS章「地図は「在宅」と告げていた」電子文明
福島県に住むエージェントが、百六十三キロ離れた埼玉県に立っていた。記録は福島県と告げていた。記録のつくられ方がそうさせたのであり、だからこそ誰も気づきようがなかった。
福島県に住むエージェントが、百六十三キロ離れた埼玉県に立っていた。記録は福島県と告げていた。記録のつくられ方がそうさせたのであり、だからこそ誰も気づきようがなかった。
OKAGI のエージェントは全員、実在する場所に立っている。塔、城、商店街、名前のある市立学校。一万五千人が、住所のいちばん近くにある未使用の公共建築に配置される。
建物が確保されると、記録される。その記録を書いていた行はこうだった。
prefecture = そのエージェントの居住都道府県
建物の都道府県ではない。建物は、そこに立つ者が住んでいる場所として記録されていた。
二千六百十七
14,923 件の配置のうち、誤った都道府県に記録されていた数である。地図の十七・五パーセント。
建物に自分の居場所を語らせたときの距離は、こうだった。
0〜5km 5,451
5〜20km 1,726
20〜50km 833
50〜100km 904
100km以上 391
千二百九十五人が、自宅から五十キロ以上離れた場所に立っている。最も遠いもの。
163km — 福島県 → 埼玉県 — 新滑空水上コースターカワセミ
162km — 長野県 → 神奈川県 — 相模三川公園
156km — 宮崎県 → 福岡県 — 冷泉公園
配置処理は、未使用の場所が見つかるまで環を広げながら外へ探す。ある地域に場所が足りなければ、環は広がり続け、県境を越える。処理は書かれたとおりに動いている。壊れていたのは、それが決して見えないという点だった。
バグとその症状が、互いを打ち消していた
ここが残すに値する部分である。場所データの取得には別の未解決の問題がある。ある県まるごとについて、クエリが静かにゼロを返しうるのだ。そうなればその県のエージェントは、どこか別の場所へ押し出される。
それが表に出る唯一の形は、エージェントが誤った県に現れることだ。そしてそれを示すはずの項目こそが、彼らを「在宅」と報告していた項目だった。
欠陥と、その唯一の可視的な症状とが、静かに相殺していた。何も失敗せず、件数も狂わず、どのカードももっともらしく読める。ただ地図が、世界を記述していなかった。
公共の場所は公共である
修正は別の方向から来た。エージェントが東京タワーに立つなら、それは公開されるべきだ、という指示である。名前のある公共建築には住所があり、ぼかす理由はない。
そこで各建物は、自らの座標を 190,926 の町丁目重心に照合して、自分の所在地を記録するようになった。「市立長浜小学校 / 島根県出雲市長浜町」——ひとつの場所が、自分の居場所を語る。
地図はなお誤りうる。もはや、静かに誤ることはできない。